エチオピアにおける茶(シャイ)と食習慣:コーヒー文化との比較を通じた歴史的・社会人類学的考察
エチオピアは、そのコーヒーの原産地としての世界的な名声により、しばしば「コーヒーの国」として認識されます。しかし、コーヒーの圧倒的な存在感の陰に隠れがちではありますが、茶、とりわけ現地で「シャイ」と呼ばれる飲料もまた、エチオピアの多様な文化、歴史、そして社会構造において重要な役割を果たしてきました。本稿では、エチオピアにおけるシャイとその食習慣に焦点を当て、コーヒー文化との比較を通して、その歴史的背景、文化的意義、そして社会人類学的な側面について考察します。
茶のエチオピアへの伝来とその歴史的文脈
エチオピアへの茶の伝来は、コーヒーほど明確な起源を持つものではありません。しかし、紅海貿易やアラブ世界との古くからの交易関係を通じて、比較的大規模な茶の消費文化が形成される以前から、薬用や一部の地域で飲料として細々と用いられていた可能性は指摘されています。近代的な意味での茶(主に紅茶)の輸入と普及は、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、外国との接触の増加、特にイタリアによる占領期(1936年-1941年)とその後の時代に進展したと考えられます。都市部や、イタリア人が入植した地域で茶を飲む習慣が広がり始めました。
コーヒーが宗教儀礼、社会的な集まり、そして国家経済において中心的な位置を占める一方、茶は当初、より日常的、個人的な飲料として、あるいは都市部の新たな食習慣の一部として受け入れられていきました。しかし、冷戦期における東側諸国との関係強化は、茶の供給と消費パターンにも影響を与えた可能性があります。特定の地域、特に標高が比較的低く湿潤な南西部のカファ州(Kaffa)などは、コーヒー栽培の適地であると同時に、一部で茶葉栽培も試みられました。これらの地域では、自家栽培または地域内で生産された茶を飲む習慣が見られます。
シャイの種類、淹れ方、そして食習慣
エチオピアで一般的に飲まれるシャイは、多くの場合、煮出して淹れる濃い紅茶です。砂糖を大量に入れるのが一般的で、ジンジャー、カルダモン、シナモンなどのスパイスが加えられることもあります。地域によっては、ミントやレモングラスを使用したり、ミルクを入れたりすることもありますが、これはアラブやインド亜大陸の影響を受けた習慣と考えられます。コーヒーセレモニーのように複雑で時間のかかる儀式を伴うことは少ないですが、友人や家族との集まり、あるいは商店での休憩時など、様々な場面で気軽に供されます。
シャイとともに供される食習慣も地域によって多様です。都市部では、クッキーやビスケットといった甘い菓子類が一般的です。農村部では、焼きたてのパンや地域特有の穀物食品が添えられることがあります。朝食時には、インジェラ(テフを原料とするクレープ状の主食)やパンとともに飲まれることも珍しくありません。
コーヒー文化との対比と社会構造における茶の役割
エチオピアのコーヒー文化、特に「ブナ・セレモニー」は、豆を炒ることから始まり、挽き、煮出し、そして数回に分けて振る舞われる、非常に儀礼的で時間のかかるプロセスです。これは単なる飲料の摂取ではなく、ホスピタリティ、共同体の絆の強化、交渉の場など、多様な社会的機能を持っています。コーヒーが公的、半公的な場や重要な集まりで中心となることが多いのに対し、シャイはより個人的な時間、小規模な集まり、あるいは比較的短い休憩時間に選ばれる傾向があります。
しかし、これは茶が社会的に軽視されていることを意味するものではありません。経済的な観点から見ると、コーヒーが国家の主要な輸出品目であり外貨獲得源であるのに対し、茶は主に国内消費のための作物あるいは輸入品です。この違いは、それぞれの飲料が社会経済的にどのような位置づけにあるかを反映しています。また、特定の社会階層や、コーヒー栽培が困難な乾燥地域、あるいは特定の民族グループにおいては、茶が主要な嗜好品である場合もあります。例えば、ソマリ州のような東部の乾燥地帯では、茶がより広く普及しています。
茶はまた、その準備がコーヒーセレモニーほど時間を要さないため、都市部における労働者の休憩時間や、忙しい家庭における日常的な飲料として定着しました。さらに、近年では、インスタントコーヒーや炭酸飲料の普及と並行して、様々な種類の茶(ハーブティー、グリーンティーなど)が健康志向の高まりとともに消費されるようになってきています。
結論
エチオピアにおける茶、すなわちシャイの文化は、コーヒーの圧倒的な存在感の陰にありながらも、その歴史的変遷、地域的な多様性、そして社会構造における役割において、独自の考察対象となり得ます。コーヒーが国家的象徴であり、複雑な儀礼を伴う社会的接着剤としての機能を持つ一方、茶はより日常的で多様な場面で消費され、経済的・社会的背景によってその位置づけが異なります。コーヒー文化との比較は、エチオピアにおける嗜好品の受容と普及が、単一の文化現象ではなく、歴史的要因、地理的条件、社会階層、そして地域や民族ごとの多様な文脈の中で形成されてきた複雑なプロセスであることを示唆しています。エチオピアにおける茶文化のさらなる研究は、この国の豊かな文化的多様性を理解する上で、新たな視点を提供する可能性を秘めています。